入植者の碑・大蔵壇原【旧久留米藩士族】
明治11年に旧久留米藩士の森尾茂助ら士族が18日間をかけて郡山に到着。久留米開墾社を設立し、大蔵壇原を開墾地に、40戸が移住し、80町歩を開墾。郷里の水天宮の御分霊を奉祀して心の拠り所とした。現在も「久留米水天宮」として受け継がれている。
明治11年に旧久留米藩士の森尾茂助ら士族が18日間をかけて郡山に到着。久留米開墾社を設立し、大蔵壇原を開墾地に、40戸が移住し、80町歩を開墾。郷里の水天宮の御分霊を奉祀して心の拠り所とした。現在も「久留米水天宮」として受け継がれている。